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箏を演奏していたと伝えられる女性
箏を演奏していたと伝えられる女性は、
小倉百人一首に、
「難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや」
の和歌を残している伊勢、
『枕草子』に『古今和歌集』のすべてを暗記していた逸話がのせられている、村上天皇の女御芳子、
横笛の名手として知られる大神基政の娘・夕霧、
夕霧の娘で歌人として名高い建礼門院右京大夫、
など、多くの女性が名を連ねます。
夕霧は、『糸竹口伝』に記されたほどの箏の名手として知られています。
ただ、「雅楽の正当な流儀には反している」とも述べられており、少々自己流な演奏でもあったのかもしれません。
夕霧の娘である右京大夫は、宮仕えをやめたのち、宮廷での演奏を懐かしんだ和歌を残しています。
「をりをりの その竹笛の 音絶へて 遊びしことの 行くへ知られず」
(宮廷生活で聞いていた笛の音もすっかり耳にしなくなり、私が弾いて楽しんだ箏がこれからどうなってしまうのかわからない)
箏を愛好した右京太夫の心情がよく表れた歌ですね。